誰かの街を知ることは自分の街を知ることであって、誰かのことを知ることは自分のことを知ることでもある。なんて、なんかどっかに書いてありそうなことを書いてみる。人の心のドブをさらわさせられているような気分になってみる。それは自分の中のドブをさらってもらっているということなのかもしれないと思った。この本が細部にまで渡ってこだわり抜かれてる理由はPATSAT氏の文章の一つ一つの文字を構成する部分にまであるように感じました。手の届く範囲にだけ出来ることが描かれています。日記ではなくエッセイと対談により構成。
はじめに
日付のない日記
○月○日(助け隊をしばき隊、ドラムスティックで)
○月○日(マジック・ナンバー・ナイン)
○月○日(タラウマラ人物列伝)
○月○日(俎板の鯉、いみじくも恋)
○月○日(インビジブル・ワークスとふわふわの残響)
○月○日(世紀の発見)
○月○日(パクリからオマージュへの折り返し)
○月○日 (Songs in the Key of Life)
○月○日(商店街に滴る血とレベルミュージック)
○月○日(スキゾ・パラノイアでお気楽に)
○月○日(ほんまのきもち)
○月○日(その人の歩むところ)
○月○日(淡路でSummer Never Ends)
小野裕介 挿れるより、挿れられる方かな?
小幡玲央 腹触られたらキレてしまいます
蟹の親子 公開ルナルナみたくなってますよね
日常炒飯事 敵は何ですか?
あとがき
東淡路の哲学者と私は彼のことを思っております。それはつまり今必要な思考がここにあるという意味です。